暮らし最適化計画。

心地よい=最適化

【妊活記録11】わたしより強くしてくれた経験。妊娠7週での流産。

約2年間の妊活の末、35歳で初めて妊娠することができました。不妊治療中、不妊治療をやめてからの自然妊娠するまでの記録を綴っています。あの頃の自分自身に向けて、今現在妊活、不妊治療をされている方に僅かでも気休めに、少しでも何かのヒントになれればと思います。

初めてお越しいただいた方はまず、下記の【はじめに】を御覧ください。

good-lifeplan.hatenablog.com

【記事一覧】

【妊活記録1】妊活を始めるまでに5年かかりました

【妊活記録2】初めての不妊科受診

【妊活記録3】検査結果 多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)と甲状腺疾患

【妊活記録4】「自分を知る」ことから妊活もはじまる

【妊活記録5】フーナーテストと精液検査 妊活の男女差で思うこと

【妊活記録6】妊活の男女差で思うことと信頼関係

【妊活記録7】不妊治療をやめた2つの理由

【妊活記録8】生理を知ることは自分を知ること

【妊活記録9】知りたかった自分を知る。わたしを変えてくれた子宝薬膳

【妊活記録10】今の自分をまず幸せにする。一番重要な気持ちの変え方

 【目次】

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「たられば」をなくして出てきた本音

薬膳を取り入れたり考え方を変えたりしながら過ごし、将来のことも漠然と考えるようになりました。子どもがいる人生と夫婦二人の人生。どちらが良い・悪いという話ではなく、住む場所や経済的なことライフスタイルがまったく違ったものになるので、どちらの場合でも自分たちはどうしたいのかを考えることは必要だと思います。

 

子どもに執着せずに「自分の人生」「自分たちの人生」はどうしたいのか考えました。そこで、わたしは2年くらいずっと迷っていた「仕事辞める」ことを決めました。結婚してすぐにタイミングよく派遣会社から紹介してもらった仕事を長く続けていました。その頃は考えも甘く「子どもができるまでの2年くらい」のつもりで深く考えず、自分のスキルも活かせステップアップもできそうだったので決めました。

 

でも、気がつけば2年なんてあっという間に過ぎ任される仕事量も責任も多く「なにか違うな」という違和感ばかりが募るようになりました。本当にやり続けたい仕事なのか?これが本当にやりたいことなのか?この会社のことが好きで居続けられるのか?「いつか子どもができたら辞めよう」。そんな考えを持っていたけど、そういう「たられば」をなくして考えたときに「ここじゃない!辞めたい!」と本音が出てきました。夫にも相談(説得)して、妊娠はしていないけど半年後に辞める旨を伝えました。

 

仕事を辞めることを決めて、少しストレスが減ったのかその2ヶ月後生理が遅れていて妊娠検査薬を試してみたら想像もしていなかった陽性反応!!夫と大騒ぎして喜びました!

 

わたしがずっと握りしめていたのは「こどもへの執着」ではなく「仕事への執着」だったのかもしれません。仕事を辞めることを勧めていることではなく、こどものことはちょっと横に置いておいて「自分は本当などうしたいんだろう?」という本音を探って、できることをやるということも大切なことなのかもしれません。

 

頭と感情は別のもの

 

妊娠5週に入り病院で診察を受けました。胎嚢が確認できて「妊娠してる」ことが確定しました。また数ミリしか形がないのに、自分の中に存在していることが不思議で嬉しくて今まで経験したことがない感情がこみ上げてきました。「心音が確認できるようになる2週間後の7週にまた来てね」ということでした。

 

その2週間は実感がないものの、ふわふわとした気分で過ごして洋々として7週の診察を受けに行きました。心音ってどんなものなんだろう?とわくわくしながら。

 

診察台に乗ってモニターをみている先生の声がどんどん暗くなっていき「心音がないね。残念だけど流産してる」と言われて頭の中がフリーズしていくのがわかりました。診察室に移ってから先生の話を聞いている間、先生の言っていることはちゃんと聞けて質問もできてこれからのことも理解できたけど、その間頭とは別なところから涙が溢れて止まらなかった。会計を待つ間も、帰り道も。あんなに泣きながら家路に付いたのは初めてでした。冬でマフラーをぐるぐるにしてマスクで顔を隠せてよかった。

 

頭でわかっていても感情が消えるわけではなく、家に帰って夫の前で泣きじゃくってました。自分がこんなにもショックを受けてることに、どこかで驚きもしながらも涙は止まらない。

 

そんなわたしを見た夫が言った言葉があまりに的確で思わず「ほう!」と関心すらするくらいで、その言葉で一気に落ち着いたのを覚えています。「俺は男だから同じように悲しむことはできないけど、そんなに泣いてるところを見るのは辛い」と。安易に「その気持ちわかるよ」なんて言われるより、よっぽど誠意があるなぁと思ったのを覚えてます。

 

わかるわけないし、わかってもらおうなんておこがましいんだ。簡単に人の気持ちなんてわかるものじゃないし、ましてや男と女なんだから余計に。それでもわからないなりに何も言わず側にいけくれるんだから、それだけでいいじゃないかと思えて一気に落ち着き「とりあえず、何か食べにいこう!」とでかけました。

 

自分にはどうすることもできないこととできること

 

身内にも友達にも初期の流産をした人がいるので、初期の流産が珍しいものではないことは情報としては知っていました。みんなこんな悲しいことを乗り越えて、さらりと「流産してさぁ」と口にできるなんて強いなぁとそのときは思いました。

 

病院の先生は「これは受精卵の問題で、あなたに原因がある訳ではないからね」と言われて、わたしもそれはとても理解できます。学生の頃、何かの授業で「自然淘汰」というものがとても自然な働きだと知っていたから。

人為淘汰(人為選択)の対語で、もともとは、自然的な原因によって特定の個体が選択的に生き残ること。 C. ダーウィンは、生物は生きていける以上に多数の子をつくるため、子同士の間で生存競争が生じ、環境により適応した変異をもつ個体だけが生存して子孫を残すことを自然淘汰と呼び、これによって適応的な進化が起こると考えた。

初期の流産は受精卵の染色体の異常で母体には原因はないとされています。詳しく調べれば(自費で)原因はわからなくはないそうですが、流産を繰り返す場合以外にそこに時間とお金をかけるあまり意味がないそうです。

 

薬膳家の方にも妊娠したけど流産したことを話し「何かやっておいた方がよかったことがあるんでしょうか?」とお聞きしたら、「12週未満の流産は本当に卵自体の力の問題で、何をしたからとか何をしなかったとかではない。食べたものが影響するのは受精前までと週数が増えてからなので、あなたの責任ではないですよ」とのことでした。

 

その話に「自分ではどうすることもできないことがあるんだ」とこの流産の一件が全部腑に落ちました。残念なことだし、悲しいことだけど自分の力が及ばないことがある。それでも、わたしは自分がやれることはやってきたし、やってきたことは妊娠につながった。短い間でもお腹にいてくれた子は、わたしにも妊娠できることを教えてくれた。それがわかっただけで、すべてを良し!とすることにしました。

 

辛い経験も無駄ではない

 

自分のポジティブさ、昔学んだ知識、信頼できる人の言葉に助けられました。そして「自分ではどうすることもできないことある」と受け入れられたのは、自分ができることはやった!と少しでも思えたからなんじゃないかなと思います。例えが良くないけど「全力を出した試合で負ける」みたいな。

 

そして、たった数週でもお腹にいてくれた子の存在感の大きさはそれは大きいものでした。形すらままならない、目にも見えない、ただ存在しかしていないのに「いるだけ」で感じる愛おしさ。こどもってこんなにもすごい存在なんだ!

 

流産してしまったけど、この経験は今まで知りえなかった感情や思いに気づかせてくれたものになりました。流産して良かったなんてとても言えないけど、辛くて悲しい中にも得るものが見いだせて無駄にはならなかったと思います。

 

長年悩んでいた仕事を辞めると決めてからわかった妊娠のタイミングも、「もっと本音でやっていいよ」と言われているような気がしてなりませんでした。その後、再度妊娠がわかった時期は、流産してしまった子が生まれる予定の時期でした。